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とある光景-借光景以往来兮-

2017

素材 木、水性日本画顔料、壓克力顔料,岩彩

場所 月臨畫廊(台湾台中)/なうふ現代(岐阜)

とある光景-借光景以往来兮-

 

 展覧会の副タイトルの「借光景以往来兮」は春秋戦国時代の楚の国の、楚辞9章 悲回風の文章から引用した。

 古い文章故に様々な文章の検討がなされている中で、私は太陽と月の光を借りて、過去と未来を照らし出すという解釈に心を惹かれた。

 

 私は、「とある風景」を作ってきた。それは私が見ている風景、印象に残っている風景、忘れてしまった風景、人間の中に昔から潜んでる風景、過去の風景、また未来の風景、様々な風景が混ざり合いそれが私のつくる、とある風景を形作ってきた。

 それは同時に光景を作っているとも感じていた。

 風景は私のよって分解され光景となり、眼前に存在するのだ。

 

 ある時、風景と光景について考えている内に、最初に光景という言葉が使われた事を知りたくなった。

 そして私は 楚辞:9章 悲回風 借光景以往来兮 に出会った。

 

 這個展覽的子題目是「借光景以往來兮」,是引用春秋戰國時代的楚國的楚辭第九章「悲回風」的一部分。

 因為是古老的文章,所以有著許多解釋文,而我被「借用太陽與月亮的光亮,照耀出過去與未來」的解釋文所吸引。

   

 我一直做著「似曾相識的風景」這樣的作品。這是我一直看著的風景、在印象裡殘留著的風景、被遺忘的風景、從很久以前潛藏在人類之中的風景、過去的風景、或是未來的風景、混合著許許多多種類的風景,而做成了似曾相識的風景。

   這同時也是製作著光景的感覺。

   風景就像是被分解的光景,而在眼前存在著。

 

        

 某個時候,思索著風景與光景的時候,想知道最初「光景」是如何被使用的由來,便與楚辭第九章的悲回風「借光請以往來兮」相遇了。

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